メモも兼ねて現在所有しているリバタリアニズム、自由主義に関連する本のリストを書いてみる。

森村 進
『自由はどこまで可能か──リバタリアニズム入門』 
『リバタリアニズム読本』

蔵 研也
『リバタリアン宣言』

池田 清彦
『他人と深く関わらずに生きるには』

竹内 靖雄
『経済倫理学のすすめ―「感情」から「勘定」へ』
『正義と嫉妬の経済学』

M・フリードマン
『選択の自由』
『奇跡の選択』

D・フリードマン
『日常生活を経済学する』
『自由のメカニズム』(大学の図書館で借りて読んだ)

M・ロスバード
『自由の倫理学―リバタリアニズムの理論体系』
(図書館で借りて読んだが、まだ精読できていない)

F・A・ハイエク
『隷従への道』
『市場・知識・自由』

F・バスティア
『法』(L@Jのkyuuriさんが訳したもの:http://www.geocities.jp/kyuurinona/index.html)

N・P・バリー
『自由の正当性−古典的自由主義とリバタリアニズム−』

R.H.コース
『企業・市場・法』(持っているが、まだ精読できていない)

T・ソーウェル
『入門経済学―グラフ・数式のない教科書』


以下はリバタリアニズムとは直接的には関係ないが、読んで損はない本

P・F・ドラッカー
『断絶の時代』
『ネクスト・ソサエティ』
『新しい現実』
『プロフェッショナルの時代』

M・スコーセン
『経済学改造講座―正統派への「有罪」宣告』
(タイトルからだといわゆるトンデモ経済学の類のように思えるが、内容はオーストリア学派経済学の解説書)

R・ロバーツ
『インビジブルハート-恋におちた経済学者』(小説だが、自由経済の利点をわかりやすく描いている。)

ナガイ・ケイ/いのうえ栄
『挑戦するフリードマン』(漫画で経済学者を解説した本。FOR BEGINNERSのパクリともいえるが、内容は結構まとも)


まだまだ読書量が少ない。ミーゼスやノージックは一冊も読んでないし。フリードマンの『資本主義と自由』やハイエクの多数ある著作も少しずつ読んでいかないと。


それにしても、私の高校生時代の素朴なケインジアン(当時は新古典派とケインジアンのきっちりした違いも知らなかったが…)的経済観がよくここまで変化したものだ。政府や企業という存在は決して単独で意思を持って動く生物なのではなく、人と人の集まりでしかないということに気づいたのが大学1年の終わりぐらいだった。要は方法論的個人主義という考え方をはっきりと認識したということだが。

もし高校生時代の経済観のまま大学時代を終えていたら、きっと後にリバタリアニズムに関して触れる機会があっても、まともに考えようともしなかっただろう。やはりこの手の思想や哲学は若い間に時間を割いて考えることが大事なようだ。リバタリアニズムは確かに極端に思える内容が多いが、だからこそ一度は時間をかけて検討するに値するはずだ。その検討の結果としてリバタリアニズムに肯定的になるかもしれないし、否定的になるかもしれない。ただ、自分の中でリバタリアニズムに触れるまで、そもそも考えようともしなかった内容について考える経験を持ったことは間違いなく良いことだと私には思える。

昨日の続き。
私は小さな福祉国家支持者と夜警国家支持者の間くらいの立場にある、と書いたが私は心情的には無政府資本主義者だ。効率だけを考えたならば、政府は存在しない方が良い。政府はもともと非効率な存在だ。経済学を学んだ人間ならば一々インセンティヴの欠如などの理由を挙げなくとも政府の非効率性は理解できるだろう。

ただ、無政府資本主義が成立できるかと考えた場合、私にはかなり難しいのではないか、と思える。
無政府資本主義が成立する為には、福祉と国防・治安維持の2つの問題に何らかの解を与えなければならない。

福祉に関しては、他の無政府資本主義者の人々が述べている様に、寄付制度等の現状の福祉に頼らない方法でも何とかなる可能性はある。
政府による福祉も遡って行けば誰かの財布から出たお金から生まれている。貧困者の福祉の為に、自らの財布から税金を払うことを認められる人は結構いる様に思える。(実際にどの程度いるのかはわからない。アンケートがある訳でも無いし。)
そのような人には、わざわざ政府を経過しなくとも直接的に福祉活動を行うことは可能だと理解して貰えば良い。
寄付行為に関する市場が生まれれば、効率面では問題無い。その市場に商機を見出す人間は必ず存在する。事実ファンドレイザーという職業が既に存在している。

問題は寄付の絶対額だろう。
本来保護される必要の無い人(いわゆるタカリ)については、市場の原理によって完全には消え去らなくとも、大きく数を減らすはずだ。
残った、本来の対象の人々の数がどの位で、最低必要な額が幾ら位か、がこの問題を考える際に必要になる。この手のデータは既に誰かが調べているいると思う。

国防の方は次回以降に書く予定。

まず、リバタリアニズムという思想の簡単な解説と、私の思想的立場を書いてみる。

リバタリアニズムはとても単純に述べると、個人の自由(精神の自由)経済活動の自由の両方を認める思想である。そして、リバタリアニズムを支持する人をリバタリアンと呼ぶ。
(参考)ノーラン・チャート
http://ja.wikipedia.org/wiki/ノーラン・チャート

リバタリアニズムの特色の一つは政府への敵対的態度である。
その態度の根本には、権力への警戒が存在している。

リバタリアニズムの他の特色として、自由市場経済体制への信頼も挙げられる。
多くのリバタリアンは自由市場経済が、政府による統制経済に比べてより良い結果をもたらすことを理由に自由市場経済を支持している。勿論私もその一人である。

ただ、リバタリアンは自由市場経済を結果的に皆が豊かになるから、という理由だけで支持しているのではないと私は思う。
市場が持つ性質が権力の強大化を防ぐこともリバタリアンが市場経済を支持する理由であるように思える。市場と権力の関係は私の中で興味深いテーマの一つだ。


また、リバタリアンは、決して一枚岩ではない。
詳しくは次回以降の記事に書く予定だが、リバタリアニズムを支持する人々の中でも政府の存在についてどの程度まで認めるかで大きな差異がある。

(大きな福祉国家)―小さな福祉国家―夜警国家―無政府

の4種類(正確にはリバタリアンと呼べるのは3種類だが)の政府の規模で考えてみると

大きな福祉国家…いわゆるリベラリストが支持する政府。政府は市場経済へ介入する。

小さな福祉国家…最小限の福祉および、治安・国防を政府が担当。基本的に政府は市場経済へ介入しない。

夜警国家…治安・国防のみを政府が担当。政府は市場へ介入しない。

無政府…字の通り、政府組織そのものが存在しない。市場のみが存在する。

私は小さな福祉国家支持者と夜警国家支持者の間くらいの立場にある。次回以降の記事で、もう少し詳しく述べてみたい。

リンク集追加

私が普段訪れている日本のリバタリアンによるblogをリンクに追加。どのblogも大変素晴らしい。

それと、一応2chのリバタリアニズムに関するスレッドも。
【自由】リバタリアン政党を作ろう!【市場】
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/giin/1160651957/


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